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先月は月始めのショパンのコンサートの後に更に3つの演奏会に出演しました。
11日はソルブ国立オーケストラと一緒に映画・ブロードウェイ音楽の演奏会に。ライオン・キングや美女と野獣、オペラ座の怪人などから数曲歌わせてもらいました。マイクを手に持って歌う本番はほぼ初めてだったので、自分にとって大きな挑戦となる舞台でした。
やはりマイク無しでアリアや歌曲を歌うのとは異なる技術が要求されますね。
そんな中、特に気に入った曲がこちら。
ミュージカル「ラ・カージュ・オー・フォール」でザザが歌う「I am what I am」です。


24日には同じくマヨルカ島の教会でオペラアリアを2曲歌いました。風邪をひいてしまい苦労しましたが、なんとか乗り切ったという感じです。
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めちゃくちゃボケてますが共演のソプラノとテノールとの写真。

27日はケムニッツという東ドイツ、ザクセン地方の町でフォーレのレクイエムのソロを歌いました。
その時の様子がケムニッツの地元紙に紹介されました。

新聞記事

演奏に関してはほとんどなにも書かれていませんが、写真に選んでもらえたのはラッキーで嬉しかったです。

芸大の学部1年の時にはじめてこの曲のソロを歌ってからなんと14年が経ってます。今こうしてドイツでこの曲をまた歌えていることに感謝です。
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最近は10月になると毎年スペイン、マヨルカ島の音楽祭に出演していますが、今年もその季節がやってきました。

10月4日にはマヨルカ島におけるショパンの足跡をたどる演奏会でショパンの歌曲を3曲歌わせていただきました。
ショパンは病気療養のために恋人のジョルジュ・サンドとともにマヨルカ島を訪れ、ひと冬を過ごしていくつかの作品を生み出しました。その滞在の様子をジョルジュ・サンドが「マヨルカの冬」という本に記しています。この演奏会は、そんなふたりの関係やマヨルカ島におけるエピソードなどを朗読とピアノ、歌を交えて語っていく意欲的な試みでした。
私にとってはじめてのポーランド語での歌唱で準備がとんでもなく大変でしたが、共演したポーランド人のソプラノから発音のOKをもらうことが出来たので、努力の甲斐があったのでしょう。

質の悪い携帯での録画で、しかも前奏が切れてしまっているのですが、雰囲気だけでも伝わると思うので動画をアップします。悲しき河、という曲です。





光栄なことに地元上伊那の月刊情報誌の表紙に載せていただきました。

今月号表紙
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8月に指揮した教会合唱団の参加者募集記事です。教会のお便りみたいなものに載ってました。

25日にこの合唱団の本番を終えて、26日からやっと短い夏休みに北ドイツの北海沿いの町にきています。
滞在先はフーズムという小さな港町。
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緑の海岸が美しい静かな場所です。

昨日はこの町を少し離れてSyltというデンマークとの国境あたりにあるドイツの有名なリゾート島に行ってきました。

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数キロに渡って続くこの砂浜を2時間かけて散歩しました。
いかにもなリゾートホテルがほとんどなく、砂浜近く周辺はとても静かで穏やかな雰囲気です。
ドイツ人には有名な観光地ですが、外国人にはあまり知られていないんでしょうか。自分のようなアジア人を一人も見かけなかったのが印象的でした。
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先週土曜日はヴュルツブルクで一番おいしいお寿司屋さん、Kham Sushiの20周年記念祭でオペラアリアや日本歌曲を歌わせていただきました。このお寿司屋さんはたぶんヴュルツブルクで唯一本格的な日本のお寿司が食べられるお店です。
会場になったのは昔ビールの醸造所だった建物で、今は映画館や美術館、イベントスペースなどになっているBürger Bräuという場所でした。

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他にも、ヴュルツブルク音大に在席する日本人学生たちも参加。最後には一緒に故郷を演奏しました。なんとなく音大生時代に戻ったような若返ったような感じがして嬉しかったです。
お寿司もお腹いっぱいいただきました。


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明けて日曜日はニュルンベルクのクラシック音楽一大イベント、クラシック・オープンエアへ。
日中は運営のお手伝いに参加し、夜はお客さんとして一つコンサートを聴かせていただきました。

一流のオーケストラとソリストが演奏するこの演奏会はなんと無料です。広大な芝生の広場に市民が敷物や椅子、ご飯にお酒などをそれぞれ持ち寄り、集まった人数なんと75000人(警察発表)。
これだけ多くの人がクラシック音楽をこうしてくつろいで楽しんでいる姿は、このジャンルが特定の人の高尚な趣味ではなく、全ての人の日常の娯楽になり得ることを感じさせてくれました。